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ナムジャイブログ

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Posted by namjai at

2012年12月25日

年末です!節税は??


【法人税の節税】

みなさま、お久しぶりです!
こんなにお久しぶりではいけないのですが・・・
洪水避難から戻ってから、あっという間に年末です・・・

さて、個人の所得税控除については昨年もお話させていただきましたので、今年は法人税の節税についてお話させていただきます。


事業を初めて、2-3年は事業が安定することを目標として皆様頑張られます。
そして利益が出て安定し始めると、今度の悩みの種は法人税です。

頑張ったはいいけど、今度は税金でがっぽり持って行かれてしまう・・・
かと言って、外国人経営の中小企業では経費も限られているし・・・

そうなんですよね!

そこで活用できるのが保険です。
保険の費用は福利厚生費となりますので、税務上(ボーナスなどのように)指摘を受けやすい項目ではありません。

福利厚生費というのは会社として設けなくてはいけない項目です。
一方役員のボーナスというものは、額が多すぎるなど、しばしば税務署の指摘を受けます。
(そしてその分は損金としては認められず、所得税を支払っているのに、更に法人税の課税対象ともなってしまいます)

ではどのくらいの額が役員の保険として認められるか。
現在の指標では、「経常利益の約4割」の保険料が役員への福利厚生として適正であると認められています。
(ただし業種、過去の財務状態により多少異なります)

経常利益の約4割もできるんです!
ちなみに役員が2名いれば、この4割の額を2等分した額をひとりあたりの保険料とします。

またこの保険料の額は一度その方の所得とみなされます。
そして追加でかかる所得税分も法人の損金となります。

ではどういった保険がこ法人税削減に使えるか?
すべての保険が使えるんです。
貯蓄も年金も、すべてです。

日本では「戻し率が○○%以下の保険でないと損金とはできない」と決まっています。
つまり金融的に資産価値の高い保険(つまり積み立てて大きく戻ってくる保険)は損金とはなりません。

が、タイでは大きく戻ってくる保険商品でも損金として算入できるんです。

また満期での受け取り、死亡保障の受取人は全て役員個人(あるいはその家族)となります。

さらに受け取り時は非課税!
まるまる受け取れます!!

つまり法人から個人へ資金の流れをスムーズにさせることができる。
(お金を自由にする)

そして万が一の場合、キャッシュバリューの90%は借り入れも可能です。
つまり借入して事業の資金に使うことも出来るのです。

事業には波があります。
いい時もあればそうでない時もあります。
そして必要なとき、必ずしも銀行が融資してくれるとは限りません。

節税しながら、資金を自由にし、さらに資金調達まで可能。


詳細はお問い合わせください。
節税アドバイザー

佐々木 扶美
081‐8242117
thai-ins@live.jp
  


Posted by bkkcolors at 21:02Comments(4)[月曜日] 佐々木

2012年10月09日

微笑みの国で雨にウタレテ・・・90's 其ノ八


俺達が入ったゲストハウスは「サワディーゲストハウス」と言った。
1階がラウンジっぽくなっており、そこで飲物も注文できた。
10席程のテーブルがあり、その奥にゲストハウスのレセプションがあり、
気だるそうにタイ人スタッフが座っていた。

入り口の左側にカウンターがあり、そこには黒人が一人ポツンと座りながら
カウンター向こうのスタッフらしいタイ人女性と話し込んでいた。
ここに泊まるファラン(欧米人)は、ここで働くタイ人ウェイターを口説くことが
好きらしく、「彼女達もマンザラではないらしいぜ!」と、そんなことを町田君が
言った。
 
部屋を見せてもらったが、所謂、ゲストハウスの一室であり、カビ臭いし、
暑いし、ファンがやたら効かない等々、どーせ女性を案内するなら
最低三ツ☆のホテルにしろよ!と言わんばかりの部屋なのだが、
そんなことを俺がどーこー思っても、所詮、どーでもいい話であった。
 
正面の寺院は、ワット・チャナソンクラムといって物音一つしない夜の静けさを
象徴するような様相を呈する寺院だが、ノラ犬の溜まり場になっているようで、
奴らのヤケクソに吠える音が夜の静けさをぶち壊していた。
 
寺院を囲むようにゲストハウスが立地しており、特にこのエリアは、
カオサンの喧騒と、カオサンの日本的集団行動型団体を嫌っているような
ファランがよく利用しているようだった。
 
俺達はとりあえず店の奥へは入らず、路地沿いのテーブルに座った。
隣の席はドイツ人カップルらしく、男性は何か手紙のようなものをひたすら
書いており、女性の方はそんなのおかまいなし的に自分の本を読んでいた。

「もー長いこと二人で旅しているのだろうか?せっかくの夜なのに
喋りもせず、ただひたすら自分の事に徹して何がオモシロイんだ?」

などと、まだまだ未熟で大人の入り口にも入っていない俺は、ただただ単純に
そんなことを思った。
 
俺は懲りる事無くシンハビアを注文した。ナリタヒデキとオキ君はハイネケンビア。
町田君は「PLESE WAIT!!」などと言いながら結局はシンハビアを注文した。
 
夜も大分更けてきただけあって、風がさっきよりもさらに心地良くなった。
カオサンの喧騒の音は聞えてこない。ヤケクソに吠えていた犬もどこかに姿を
クラマシタようであった。

時折、カオサン通りとワット・チャナソンクラムの間のチャクラポン通りを
ハイスピードで走るバスやモトサイの音が聞えてきたが、酔いも深くなって
きただけあり、ほとんど気にならなくなっていた。


(つづく・・・)
  


Posted by bkkcolors at 19:48[金曜日] 辻本

2012年09月28日

LANケーブルを自作する

長谷川です。
先日、めずらしく新しいことを習得したので、ここで披露したいと思います。

なにかというと、

LANケーブルを自作できたんです!

ずーっと前から、このLANケーブルは気になってたんです。事務所の机の下に、すごく長いケーブルが足元にうねっていたり、先っぽのパソコンに刺す部分のプラスチックが欠けちゃってすぐに抜け落ちちゃったり。でも、その都度新しいのを買うのもなんだか無駄な気がして。しかも、なぜかうちの事務所には数十メートルのLANケーブルの新品があるんです。

というわけで先週パンティップ行ってきました。
日本では3000円~5000円とネットに書かれていたこのペンチみたいな工具、覚悟していったら、なんと250バーツ!


そして、いよいよ始めました。


コードの中の芯を出すのは(出すだけ)思ったより簡単。


これを更に細分化させ、そして必要な長さに切るんですが、そこでこの線の順番を維持するのが難しかった。。

こんなこと、他にやる人いないだろうから、誰も共感してくれないだろうけど。。


できた!と思ってつないでみたら・・・・。
『ネットワークケーブルが接続されていません。』(泣)

でも、なんとかやってたら、つながるようになりました!


5本作っちゃいました。


  


Posted by bkkcolors at 01:23Comments(0)[水曜日] 長谷川

2012年09月21日

微笑みの国で雨にウタレテ・・・90's 其ノ七


町田君と一緒に居たのは、静岡在住の大学生のオキ君であった。
オキ君を初めて見た時は、「あ!俺この人と会ったことあるよ」と
いうのが第一印象であり、そんなことをオキ君に言うと、

「それいつも会う人会う人に言われるんだよ。最初は気にしてなかったけど、
 頻繁に言われるもんだから、だんだんと気にしだして色々理由を模索
 したんだけれど、どうやら昔のナントカというマイナーな、ても見れば
 ワカルという俳優に似ているからだ!という結論に達したんだ」

と、町田君とは違って、妙に落ち着きのある口調で語った。

「そうか・・そう思われるのは、そういう理由かもしれないな。」

と、俺はそのナントカという 俳優の顔を思い浮かべながら、
でも名前は浮かんでこなかった。

オキ君はうちらより1歳年上で大学では教育学部で勉強し、
将来、高校の先生になるのが目標のセーネンだった。
専門科目は国語であった。

オキ君の旅は6ヶ月に及び旅らしく、うちらよりも一足先、1996年の6月に
日本を飛び出していた。
4年生になったばかりで周りは就職活動に追われる中、オキ君は休学して
6ヶ月の旅に出ているという。
6ヶ月というのも曖昧な予定らしく、それが1年にも 及び可能性もあるという。
明日の風に身を任せ~気の向くまま赴くまま~というのが 彼のスタイルのようだった。



すでにタイ第二の都市、北部に位置するチェンマイに行ってきたばかりで、

「いや~チェンマイは涼しかったデスヨ。やっぱりバンコクと違い、落ち着くよ。
 あとは自分で実際に行って見てよ。『百聞は一見にシカズ』だよ」

と、やっぱり国語の先生を目指しているだけのことはあることを言っていた。
そんな話を聞いていて、俺的にもチェンマイへの魅力が一気に高ぶった。
でも、結局は、今回も次ぎの旅もバンコクから南下してしまうのだが。

オキ君は、これからの予定は特に決めていないと言っていたが、次ぎは
インドに行こうという事は ぼんやりと考えていると言う。
ここで同じくインドに焦がれるナリタヒデキが

「ふむむ、、ソウデスヨネ。やっぱり旅の醍醐味はインドデスヨネ。
 タイよりも喧騒がすごくて人間がきついのだ、ふむむぅう。
 僕もインドを 旅してみたいのですよ。世界の中心と言うじゃないですかインドは。
人間の根底が見える気がするんデスヨネ。騙されるのも騙される方が悪い!
 騙し合いの中に人間存在の本質が見えてくるのだ!
 生か死!それはインドじゃなきゃ駄目ナノだ!ふむむぅうう」

と、いつものフムム口調とは打って変わって、新たな生きがいを見つけたのだ!的に
周りの皆がひくほどの「人生=旅、男一匹=旅」論だった。

「そうかもしれないね。そうそう」

と一言だけ、オキ君は言いながら、深くかぶっていた白い帽子を被り直した。

「そんなん気にしないべ!人生長いよ、インドだけじゃないべ、人生は」

と、その辺のタイ人をカラカッていた町田君は、今俺達はタイに居るんだからよ!
面倒くさい話はナシにしようや!という感じで、すでに生ぬるくなったシンハビアを
ひたすら飲んでいた。

その後、同じ場所で同じビールを飲みつづけることに飽きた俺達は場所を
移動することにした。
深夜までうるさく音楽がガンガン鳴り響くカオサン通りをやめて、 少し離れた
静かな寺院の脇のソイを入った所にあるゲストハウスのラウンジで
飲みなおすことにした。

そこで、町田君は今日までの旅物語をはじめて口にしたのである。

 
(つづく・・・)
  


Posted by bkkcolors at 17:27[金曜日] 辻本

2012年09月14日

微笑みの国で雨にウタレテ・・・90's 其ノ六


バンコクに降り続く雨季の雨がやけにジメジメしていた。
1996年も8月になったばかりの時であった。

俺とフムムのナイタヒデキはアイカワラズ日中はバンコクの街の中を歩きまわり
夜は外の屋台でタイ飯を喰いながらホンノリ苦いシンハビアを飲んでいた。

日本から同じように旅で来ている俺達と同世代の若者達も多くおり、時折
街中ですれ違った。皆、同じようなスタイルでバッグ一つで旅をしているようだった。

中には40代50代で会社を退職し、長いこと海外を放浪しているような中年の
方々もいた。軽い服装と必要最低限の荷物、その身軽さは20代になったばかりの
俺達を凌ぐばかりで、そのスタイルも旅の深さも、そのあまり多くを語らない
笑顔からなんとなく感じ取れることが出来た。

夕立が止み、心地よい風が街に吹き始めた。
ノラ犬も活動を開始し、それと共に街を徘徊する人間も増えてきた。
いろんな屋台も顔を出し始め、ネオンの光も派手に辺りを食い散らかしている。
でも、そんな明るさとは別に、確実に夕刻の闇は深さを増してきた。

ふと知り合った、同じく決まった予定のない旅をしている連中と会ったのは、
ナリタヒデキと屋台でダラダラとビールを飲んでいる時であった。

3輪バイタクのトゥクトックのオヤジと排気音がアイカワラズうるさかった。
「アタミ~!アタミ~!?」と声をかけて来る奴等のそのニヤケタ顔が妙に鼻に
ついた。
「微笑みの国とは言うけれど、奴等の微笑みも『微笑み』の部類に入るのか?」

と、初タイの俺は戸惑うばかりであった。

知り合った彼らもバンコクを拠点に旅をしているという。
山形から来た大学生の町田君は、俺達よりも4つ上のセーネンだった。
背が高く、はっきりした口調が印象的で、タイ人に対しても

「サ・ワ・デ・ィ・カ・ッ・プゥゥ!」

と一言ひと言はっきりと言い、言われたタイ人の方も

「おっほぉおお」

とびっくりするくらいのサワディ・カップであった。
さすがの微笑みのタイ人も、なんとなく顔がひきつっていた。

「2浪2留しちゃったけどさぁ、それはそれでスムーズにいっていたら
 見えてなかったものが見えてくるものなんだよね。」

と、どうやら

「そんなことはどーだっていいじゃん!要は先、先!これからコレカラ」

と言う彼の口振りが妙に心強く見えた、まだまだ未熟な俺がいた。


(つづく・・・)
  


Posted by bkkcolors at 18:00[金曜日] 辻本

2012年09月07日

微笑みの国で雨にウタレテ・・・90's 其ノ五


その日は日曜日であり、モー・チットという空港方面にあるにウィークエンド・
マーケット(チャトチャック)に行こうということになった。
今ではBTS(高架鉄道)で簡単に市内から約20分程度で行けるが、その
当時は、バスかタクシーでないと行けなかった所である。

市バスでの所要時間は、バンランプーから乗って約1時間半掛かるものだった。
BTSの建設工事や、地下鉄工事等々の影響、そして交通システムも今ほど
機能していなかった時であり、且つ車の量が半端じゃなく、その距離を移動する
だけでも1時間半くらい掛かってしまうのであった。
 
市バスで行くと、停車ばかりで時間は掛かるし、どうせ座れず慢性的に混んで
いるのが分かっていたから、俺的には手っ取り早くタクシーでびゅん!と
行ってしまいたかったのだが、その男ナリタヒデキは、
「ドコマデ行っても3.5バーツ!」に魅力を感じ、いくら時間が掛かろうとも、
100バーツ(二人で)を越すであろうタクシー代を払うのならば、市バスの方が
はるかにいいし、旅の醍醐味が味わえると言って聞かないのである。

「マジかよ・・・」(俺)

「ふむふむ、、いいよ。だったらタクシーで行けばいいじゃん。僕はバスで
行くからさ。でも行きかたとか場所知っているのかい??」

そうなのである。。俺はとてつもなく方向音痴であり、且つ面倒臭がり屋で
あるため、場所とか行きかたを一切自分で調べようとはしない奴なのである。
そこらへんはすべてナリタヒデキに委ねていたから、そんなことを言われて
しまうと何も言えなくなってしまうのである。。

「しょーがねぇ。。しょーがねぇ。。」

と呟きながら、渋々トボトボと後をついていくしかない情けないナマケモノであり、
結局、1時間半も立ち続け揺られ続けた挙句、チャトチャック・マーケット
に着いた時にはすでに疲労困憊しており、ろくに露店も見れないまま
何も買う気も起こらず、ダラダラと歩くだけの羽目にあってしまったのである。
 
「そんな一人当たり5,60バーツケチって時間かけて、辛いルートで行くよりも
合理的且つ迅速・楽に目的地に着いて、そこで自分の目的を果たしたり
楽しんだ方がぜってぇいいに決まっている!」

とその時は自分自身に言い聞かせていたものである。
 
流れゆく景色も、ショップハウス(長屋)ばかりで、飽き々々してしまい、
隣を見れば、ガイドブックを読みあさるナリタヒデキ。席に座るオトボケ
タイ人やさ男に、揺れてもびくともしないがっしりした天然パーマのおばちゃん。
混雑にモミクチャにされている学生風のポニーテール少女等。
要はタイ人観察はできる環境ではあったのだが、でも微笑みの国とは似つかない
無表情(=無気力?)に「なんだか意外だなぁ」なんて思ったりした。
 
と、そんなこんなで結局・・・・
 
「結局、疲れただけじゃねーかー!」

とナリタヒデキに言うと、

「フムム・・それが面白いんじゃないかぁ!日本では味わえない感覚なのだよ。
バスで行ったことによって、ひょっとしたら遭遇する面白い出来事、思いがけない
出会いがあるかもしれないのだよ。そのくらいのゆとりを持たなきゃだめ
ナンダネ。偶然の出会いに感謝するくらいネ。そうは思わないかい?フムム」
 
「偶然の出会い?タイ語も英語もロクに喋れねー俺らにどんな偶然の出会いが
あるってんだ。そんなゆとりもある訳あるかぃぃい!」
 
そんな不満をタラタラ言いつつも、結局その旅は、全体的に「ナリタヒデキ的」に
なってしまい、この後、雨季のバンコクを避けるために何を思ったのか?
バスで一気に南下しマレーシアとの国境の町:スンガイコーロクまで行く羽目に
なってしまったのである。
 
その前に、当時、静岡在住の大学生:オキ君との出会いがあったのである。


 
(つづく)  


Posted by bkkcolors at 18:55[金曜日] 辻本

2012年08月31日

微笑みの国で雨にウタレテ・・・90's 其ノ四


フムムのナリタヒデキとの初のタイ旅行は、雨季ゆえの連日のジメジメ雨に、
そしてその高温多湿な気候に喉をカラカラ渇かしながらも、連日のように
バンコクの中を歩き回っていた。
 
特に目的もない訳だから、毎日々々観光スポットに行くだけのことなのだが、
とにかくガイドブックたるものを持って異国人の中を自由に歩き回るのは
とても新鮮で気持ちがよかった。
夜は、どっかの道端の屋台かなんかでバーミー(麺)やカオパット(炒飯)を
喰い散らかしながら、ピリッとくるシンハビールを飲むのである。

やがてこれが一日の唯一の楽しみにもなり、夜に妙に生温い道端で、
通り過ぎる車やバイクの騒音を聞きつつ、人の流れをなんとなく見ながら
ビールを飲んでたわいもない事をしゃべり続けるといった、只それだけの
ことだけで、喧騒の中の日々は過ぎていき、そしてそれが妙に心地良かった
のは、日本の殺伐とした堅苦しい環境から一時的にでも、距離的・精神的に
離れることが出来たことに対する純粋な心の表われだったのだろう。

 
とにかく、朝、眼が覚めると雨が降っていることが多かった。
雨の音が大きいもんだから、街の音は聞えてこない。だけどファン(扇風機)
だけはやけにカタカタと音を鳴らしてはその存在をアピールしているような
感じだった。

1階がレストランになっている宿の4階泊まっていた俺達は、適当な時間に起きて
3階にある狭いシャワー兼トイレ室でシャワーを浴び、ノソノソと1階の降り、
マスターにコーヒーとパンをとりあえず頼み、タバコを吸い終えると、ノソノソと
今日の予定を立てるのである。
 
ナリタヒデキは、とにかく節約系の男だったから、時間よりもルートよりも、まず
それに掛かるコストを気にする男であった。
また、楽な旅をしていくことを頑なに拒んでおり、かたや一方で、元来なまけモノで
楽を好み、たいして変わらない金額であるならば、移動なら早くて楽な方、
宿であればキレイで広くて疲れない・・リラックスできる方を選ぶタイプである
俺に対して、常に憤慨し呆れモードになっている奴であった。

「フムム・・・そんなんじゃ、旅のおもしろみがないじゃないかぁ、、ふむむ」

が口癖であり、

「じゃ~僕は市バスのこのルートで行くから、おまえは自分の行きたい
 方法で行けばいいじゃないかぁ」

と、その当時、俺が一人で行動することが果てしなく不安だったのを知って
いるかの如く突き放すのである。
「ナンダヨ、それ!」と僅かばかり抵抗する俺であった。

その当時は1バーツ=約5円だったから、例えば、一泊250バーツの宿ならば
約1,250円(今のレートで考えると750円)。
まぁ、安いとは言えない額ではあるが、 日本に比べると安いという感覚はあったし、


「そんな無理して一泊50バーツの宿に泊まって疲れを溜めることもなかろうに・・・
そんなだけ節約したって・・・」

というのが俺の考えであり、やたらむやみに「節約々々貧乏々々旅行・・・」を
推進するナリタヒデキとの確執がだんだんと浮上してきては、事ある度ごとに
「結果的には負けいくさ」を挑んだものだった。



(つづく..)  


Posted by bkkcolors at 18:00[金曜日] 辻本

2012年08月24日

微笑みの国で雨にウタレテ・・・90's 其ノ参


さて、話は元に戻る。
バンコク・ドンムアン空港に着いた俺とナリタヒデキだが、俺は初めて
経験する東南アジアのナマヌルッタイ暑さと気だるさにカンドーしていた。
しかし、とにかく俺は、どこへ行ったらいいのかも分からない。
ナリタヒデキに着いていくしかないのだ。

ナリタヒデキは、
「フムム、貧乏旅行のつもりだから、空港から市内へはタクシーでは
行かないよ。59番の市バスで行くのダヨ」と言う。

空港の位置も、市内がどこを指すのかもワカラン俺は、とにかく
「そうかそうか」とうなずきながら、ナリタヒデキの後をついて行った。
空港を出て、しばらく右に進んで行くと、大通りに出た。
今、車でよく通るウイッパワディ・ランシット通りである。
ここで市内の「バックパッカーの集まる」というカオサン・ロード付近へと
向かう59番の市バスを待つという。
 
別に時刻表がある訳でもなく、周りのニタニタ顔とぼんやり顔のタイ人達は
バスが来るであろう方向を見つめている。
それにしてもすごい喧騒と排気ガスだ。
午後4時過ぎの夕焼け色の空が、喧騒の向こうに見える。
そして、なんとなく妙に体の奥底から躍動感がふつふつと湧いてくるのが
自分でも分かり、嬉しかった。
なんとなく求めていたものなのかな?なんて思ったりもした。
 
59番のバスはなかなか来なかった。
「バス来ねーじゃねーかよ!」
とナリタヒデキに八つ当たりしていると、「フムム、アジアでは日本のような
時間厳守的な感覚はないのだよ。ふむふむ。なにもかもが適当で
バスもいつ来るか分からないんだ。そんな環境の中にいるのが
面白いのだよ。こーいうのを「マイ・ペン・ライ」「アライ・ゴ・ダーイ」って
言うらしいよ。ふむむ」とあごを掻きながら言うのである。
 
「よ~く知ってるねぇ~。フムフム」
とナリタヒデキの真似で言う俺。
 
妙に(?)関心していると、ようやく59番のバスが来たらしい。
停まったのか停まってないのか曖昧なままのバスに急いで乗り込み、
ぎゅうぎゅうな中やってきたおばちゃんによく分からないまま
10バーツ硬貨を渡し、よくワカラナイママおつりをもらい、本当に
ルートもお釣も合っているのか?と混乱しながらも、隣でふむふむと
俺を無視しながらもガイドブックを読みふけるナリタヒデキに目的地までの
所要時間を聞くと、「ふむふむ、約2時間だよ」と、相変わらず顎を掻きながら
言うもんだから、アタマに来るのはとーぜんで、「遠いじゃねーかよ!」と
再びの八つ当たりである。

初っ端から憤慨してばかりの俺であったが、この辺りから、ナリタヒデキと
俺の旅のスタイルのすれ違いが勃発し、早くも旅の続きにあやしい雲行きが
グルグルと侵入してきたのである。

この話がちゃんと続くだろうか???
という自分自身への問いかけにも、あやしい雲行きがグルグルと侵入し
始めているのである。


 
(つづく)
  


Posted by bkkcolors at 20:07[金曜日] 辻本

2012年08月17日

微笑みの国で雨にウタレテ・・・90's 其ノ弐


「フムム」のナリタヒデキとのタイをはじめとする東南アジアの旅は、
俺にとっては初めての経験であり、勿論「バックパックで」という形態も
新鮮ではあった。
 
でも、妙なぎこちなさと、不安と、そして「流行旅行にモロに乗っかっている」
という思いのそれぞれが、自分の中で交錯はしていた。

だけど、別に「貧乏旅行」という意識も、「新しい自分を見つけるためなのだ!」とか
「自己実現・啓発のきっかけなのだ!」という目的も何もなしに、ただ
「タイを廻ってみよーぜ!」くらいの気概であったのは確かだ。

周りを見回してみても同じ日本人ばかりの慣れきった気だるい環境や空間、
状態から一時的に抜け出すだけのものだったのである。

でも、今までに、俺自身で何かをコーディネイト&クリエイトしたという経験もなく、
且つ目的のために何かに没頭したこともない、ただの腰抜け的な輩である事を
結構自覚していたのは確かで、無意識の内に、なんとかそんな自分を
打破してー!というような思いもあったかもしれない。


離陸した直後に、機内の庇が、「カタカタカタカタカタカタ」と閉まっていく
旧型のビーマンバングラディッシュ航空に乗り込んだのが1996年の
7月下旬、ちょうどタイは雨季真っ盛りの頃であった。
 
ナリタヒデキにとっては2回目のタイらしく、俺にとってはフランス、
サイパンに続く3回目の海外である。しかし、1、2回目ともツアーで
あったので、今回が初めての、その当時、妙に流行っていた
バックパックでの旅であった。
 
そう言えば、初めての海外で遭遇した事件と言えば、初めての海外旅行先
のフランスのパリだった。12月の真冬時に、プリズンのような学生寮の
仲間等とパリのコンコルド広場を歩いている時である。

コンコルド広場は、実際はクルマがびゅんびゅん走っていて、広場というより
ロータ リーのようで、うちらにとってはモンマルトルの丘に向かうための
通過点に過ぎなかったのだが、俺の目には、ふと広場の隅にお土産屋風の
露店が目に入ったのである。 
 
トコトコと、吸い寄せられるようにマヌケ面して露店に近づく俺。
すると露店の近くに来たところで、浮浪者風のメガネ野郎が1人で近づいて来た。
俺の前に立ちはだかると、急に俺に有無を言わせぬままカシャカシャ・・・と
写真を取り出したのである。

唖然とする俺であったが、マヌケ面の俺もここフランスでは受けるのだと!
寒さでアタマがヤラレていたのだろう。その男の言うなりに、ポーズを
決めていく。

「そうか・・・どこかの雑誌カメラマンだな。」

そんなこと思いながらニタニタしていると、突如、アンドレ・ザ・ジャイアント
みたいな大柄の男共二人が俺を囲みだしたのである。
瞬く間に3人の風来坊に取り囲まれ動揺する暇もなく、一人の男が
ダンボールに書かれた料金表と思われるボードを出した。

そこには「写真4枚:400フランだ!」みたいなことが書かれていた。

「えあうううぅうぅうああええええええ」

なんてもがいていると、カメラを持った男が俺に写真を手渡した。
なんじゃぁああ?これは?
全部のポラロイド写真のピンとがズレ、ぼやけては色も薄い・・・。
こんな写真1枚が100フラン=当時で約2,000円かい・・・。
 
アンドレ達に凄まれた俺は、何も言い返すこともすることも出来ず、
他の仲間が「おい・・バカだなアイツ」みたいなニタニタ顔でこっちを見て
いる中、「早く400フランださんかい!こらぁ~!」などとフランス語で言われて
いるのだなぁなんて思いながら、対盗難用に重装備した隠し財布から
400フランを渡す他なかったのである。
 
その後のウスラバカ仲間達の反応は、ニタニタ笑いでの

「あ~あぁぁあ(ひひひ)」

のそれだけであった。

特にナリタヒデキのリアクションはひどかった・・・。
「フムム・・・自業自得だよ。こーいう経験も今のうちに、ということなのだよ。
学習々々!でも、やっぱし自業自得さ!そうか、、あーいう露店は
カモフラージュということなのダネ。ふむむ、、かわいそ~にぃい」
 
とにかく、海外初体験で海外の何もかもに新鮮さを感じていた俺に
とってはショックな出来事であり、その後、その夜に食べた生ガキに
モロにあたり、行きたい所も行けぬまま、熱を発症したまま日本への
帰路に着いたという一つのマヌケな思い出と、ウスラバカ仲間達の
冷たさである。


(つづく)

  


Posted by bkkcolors at 20:00[金曜日] 辻本

2012年08月15日

日本留学フェア開催します。

水曜日の長谷川です。
告知です。

今回で21回目となる「日本留学フェア」を下記の通り開催します。
======================================
第21回日本留学フェア~JEDUCATION FAIR 2012~
日時:2012年8月25日(土)26日(日) 10時~18時
場所:クイーン・シリキット・コンベンション・センター
入場無料
======================================





毎年恒例のタイの大学日本語学科16大学による日本をテーマとした文化祭、タイ全国高校生対抗クイズ大会など、留学フェアの中にさまざまなイベントが含まれていて、日本人でも十分に楽しめます。タイ若者の日本への情熱を感じてみてください。お待ちしております!
  


Posted by bkkcolors at 23:17Comments(1)[水曜日] 長谷川

2012年08月11日

いじめと、自殺、その対策

最近の日本でのいじめ報道を見ているとびっくりする。

何年か前に起こった葬式ごっこが行われたり、
陰湿ないじめにより自殺者が出ているとの事。


自殺する程の猛烈ないじめに遭う様な学校であれば、
行かなきゃいいのである。
行かなくては、学業が遅れてしまうと思うのであれば、
「日能研」や「四谷大塚」に行けば良いのだ。
無理して学校に行く必要はない。


だいたい学校で教えてる事なんてたかが知れている。
10時間の授業時間なんて、上記の「日能研」などで、
1時間程度終わる内容だ。
後は、自主的に家で勉強すればいい。
何の問題もない。大学に行きたければ、高卒検定を受ければ良い。

そもそも、公立学校なんて教師が馬鹿だ。
学業的にも馬鹿だが、人格的にも酷い。

先ず、学業で言えば、
例えば、

回答に「アメリカ合衆国」と書かせる問題で
「アメリカ」と書いたら正解で、
「合衆国」と書くと、間違いになった。
笑える。

そもそも、アメリカ人は、自分たちの国をアメリカとは言っていない。
「United States ユナイテッド ステイツ」だ。
じゃあ、「アメリカ」は何かと言うと、大陸の名前だ。
つまり、アメリカ大陸にある合衆国だ。
(学校の先生はそんな事も知らない、アホだ)

因みに、日能研に通っている友人は、
「先生、アメリカは合衆国ですが、メキシコも合衆国です。
どちらの合衆国か分かりません(w」
とかいらぬ突っ込みをしていた。やっぱり笑える。

つまり、学業なんてその程度のもの。
で、補習は日能研で行い、突き詰めたくなった人だけ、
マックスウエーバーを読むなり、アリストテレスを読むでも、
ショーペンハウアー読むでも好きにすれば良い。


人格的には、報道に出ているとおり。
一緒になっていじめる。見て見ぬふりをする。
終わっている。


そこで、学校なんて行かなくても良いが、行ってやられたら、
柘植久慶先生の必殺技を使うのが良いだろう。

つまり、
「いじめた連中の夕食時の食卓に レンガを投げ込む」
これをやられたらいじめっ子も堪らないだろう。
弱いいじめられっ子でも誰でも可能。
因果応報。



実は、筆者もいじめられっ子の側だったので、虐められる辛さはよく分かる。
しかし、開き直る、やり返す、で対処可能だ。
それを理解するのに中学生になるまで掛かった。

つまりこうだ。
例えば、上履きを隠されたら、隠された事は仕方ないと開き直って、
来賓用のスリッパが学校にはあるので、それをパクって履く。
小6の時に友人がそれをやっていた。
先生は文句を言うが「先生、上履きを盗まれました。警察を呼んでください」
それで終わり。

先生は、人格的に可笑しいので、窃盗が起こっても何も対処しない。
警察も呼ばない。
解決。


次に、肉体的にいじめに遭った場合は、
一発殴ってやれば良い。
筆者も、体は、クラス一大きかったが、気が弱かったので
やり返せなかった。
しかし、余りにも頭にきた時に、苦し紛れの一発を食らわせてから、
こいつは怖い、となった。それからは虐められなくなった。

つまり、やられたらやり返す。その力がなかったら、煉瓦を投げれば良い。


ただ、男ならば、日々の鍛錬こそが、精神を鍛える事に繋がるので、
武道をおすすめする。
(因みに、武道をやると、一発殴り返すとか、と言う寄りも高次元で
人間の成長に繋がる)


筆者は、剣道、柔道、ボクシング、実弾射撃をやっている。(w


さて、日本の話題になってしまったので、タイに振ると、
タイでもいじめはあり、大学でも新入生歓迎と称して、
いじめみたいな洗礼もある。

ただ、タイでは、厨房も、実弾を持ち出すし、
いじめを苦に自殺はせす、やりかえす。
(自殺するのは、タイでは失恋した時だ)

素晴らしい。まさに何でもありだ。
自殺する気になれば、刑務所も怖くはないと言う、心意気がまさに素晴らしい(w

  


Posted by bkkcolors at 23:59Comments(0)[土曜日] 中根

2012年08月10日

微笑みの国で雨にウタレテ・・・90's 其ノ壱

長編なんですが、蓋を開けてみると、
結局はオチなどない、、
長編オモシロクない昔実話的旅情物語です。。

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俺がタイに初めて来たのは1996年の夏のことであった。

大学も3年生となり、今までの2年間の、あのマヌケだが、常に誰に気を使う
こともなくそのまんま生きるエネルギー、若さゆえのエネルギーを発散しま
くっていたドタバタ寮生活から離れ、実家から新宿までの約2時間を満員
電車に揺られ、なんとなくだが都会の殺伐とした空気に否応なしに苦しめられ、
新宿駅の地下道を通れば、帰る家がないと思われる浮浪者さん達の発する
匂いと罵声に気が滅入るという生活になって、やっぱりトコトン気が滅入る
ことがアタリマエのようなっていた。
 
運が悪い日なんかは、常磐線(普通)の臭い車両にぶち当る時があって、
そんな日はたまらないのである。水戸方面から来たと思われるオヤジさん達が
ボックス席で朝っぱらから酒を飲んではイカを喰い、その悪臭をあたりに
撒き散らしているのだ。
 
ただえさえ、満員でぎゅうぎゅう詰めであり、密着して汗臭くなったりして
気分が悪くなるのに、これまた満員の山手線をやっとこさ降りると、
しょんべん臭い浮浪者さん達の櫓の中を歩いて行かなければならない。
 
やがて、都庁に向かう「歩く歩道」建設工事のためと、浮浪者さん達による
地下道放火未遂事件かなんかで、溜まっていた浮浪者さん達はどこかへ
消えてしまったが、居なくなった後を見てみると大して変わらない光景が
目に入る。
 
生気のなさげなウツロウツロしながら、でもあくせくと足早に歩いていく
無表情な人達。
外人が道を聞こうとしても、平然と「NO!」とか言いながら、去っていく
とあるお役所の職員らしき人物。
 
そんな都会の殺伐としたコンクリートの冷たさのような人間空間に
毎日のように通っていると、元々田園育ちの俺にとってはすごく
神経の疲れることであり、またあんな人間の吹き溜まりのような所に
いると気が滅入り、目がグルグルと回り気持ち悪くなる俺がいたのである。
 
まともに前も見れず、なんとか周りを見回してみても同じ日本人ばかり。
なんとかこの環境や空間、状態から抜け出すべく方法はないだろうか??
だんだんと俺はそんなことを考えるようになったのである。
 
そんな時、友人のナリタヒデキが、
「よ~、タイへ行ってみないかい??ふぅ~むむむ」
なんて、ある日言い出した。
タイと聞いてイメージできたものはない。
それほど「タイ」という国に対して、東南アジアに関して、いやいや
海外に対して無知な俺であった。
 
ナリタヒデキとの出会いも面白いもので、学生寮に入寮したばかりの
オリエンテーションの時に、ナリタが突然、俺と友人のピンに向かって、
「君たち、、営団地下鉄千代田線の明治神宮前駅はJRでいうと何駅に
あたるのか知ってるぅぅぅ??」
 
と聞いてきたのである。唖然とする俺とピンとその周囲が居たことは
明確であった。

「そうだよぉぉお、、君たちに聞いているんだよねぇ・・。ふむふむ、、簡単な
クエスチョンだよぉお。もう一度、最初から言った方がいいみたいだねぇえ~
君たちには。ふ~むむむ、、。営団地下鉄千代田線の明治神宮前駅はJRで
いうと何駅にあたるのか知ってるぅぅぅ??」

ピンは「ケケケケケケ」と言いながら「原宿だろう!」と答えた。
俺は実家が関東圏であるのにも関わらず、分からなかった。
 
ナリタヒデキは、顎を掻きながら「ふ~むぅぅぅむぅう~よ~く知ってるねぇぇえ~」と



言いながら、不気味なケタケタ笑いを残しながらその場から消えていったのである。
 
そんな「フムム」のナリタヒデキと共に、俺は1996年の夏、タイを約1ヶ月ばかり


ドタバタハラハラと旅をしたのである。
 

(つづく)  


Posted by bkkcolors at 18:00[金曜日] 辻本

2012年08月09日

マラソン

先日、パタヤのマラソン大会にスタッフ13人で10キロに出場しました。一人を除いて皆完走しました。でも、いくつか課題も見つかりました。一番気になったことは"タイ人は誰も一人で走らなかった"ことです。2人ずつくらい、仲良く歩幅を合わせてしまっていたのです。それで、頑張れるだけ早く走ろうとすればまだ良いのですが、二人で走ることで常に"相手のために"ゆっくりになっていくのです。

日々の業務もそういうことだったのか、、と気づかされました。会社の業務はチームワークではありますが、それは任務を遂行する個々の孤独な作業によって成り立ちます。でも今は、チームメンバーがいることが、マラソンを二人で走るのと同じ心境を作り上げてしまっているのだと思います。

このマラソン大会を通じて、スタッフに感じて欲しかったことは、『同じゴールに向かい、同じ辛さを味わったもの同士が持つ感覚』です。次回は年末にまた皆でラソン大会にでたいと思っています。その時には、この気持ちを持てるようにルールを決めてやりたいとおもってます。

とはいえ、皆それぞれ頑張りました!
  


Posted by bkkcolors at 01:15Comments(0)[水曜日] 長谷川

2012年08月04日

ベトナムも大渋滞(現在、出張中)


お久しぶりです。また、カラーズブログのアップを再開しました。


再開一発目はベトナムから。
現在、ベトナムに出張中です。
(と思っていたのですが、下書きをしているうちに早数週間。タイに戻ってきてしまいました。
ただ、ベトナムに居ると思って読んでください。)



ここベトナムでも、また、凄い大渋滞で、びっくりします。

タイでは、車がカチコチに動かない、
一面駐車場早変わりですが、
ベトナム・ホーチミンでは、バイクがゴキブリの様に
這い回ります。

タイでもそうなのですが、
何故、彼らは革のグローブや、革ジャンを着ないのでしょうか?
暑苦しいから、と言われれば、成る程納得ですが、

ヘッドスライディングして、手のひらの皮が切れたりしたら、
余りの痛さに死ねます。


タイでも、ベトナムでも結構バイクがぶっ飛んでるんですよね。
それを見ると、バイクには乗れませぬ。

さて、次回からはバンコク編との事で、ボツボツ、ブログも更新していきます。
(写真は、ベトナムの泥水です)



  


Posted by bkkcolors at 19:25Comments(0)[土曜日] 中根

2012年07月26日

在タイ日本人数

水曜日なので長谷川です。

先日、どこかの統計で在タイ日本人の数(在留届数)で50,000人以上と書いてありました。その統計によると、僕がタイに来た1997年にはだいたい20,000人でした。そういえば、あの頃は「20,000人だけど実際には4~5万人はいるはず」とか言われていた気がします。

あれから15年が経ち、今では「50,000人だけど実際には10万人はいるだろう」と言われていたりします。これは、ウィキペディアによると、神奈川県伊勢原市の人口に匹敵するみたいです。ちなみに、在留届の数(5万人)は、茨城県鉾田市。(知らない。。)

「カラーズ」はその大勢の日本人の中でも「色」を放って輝いていく6人です。
ブログの更新はなくても・・・。


いま、よる12:46。うちの学校の改装工事の見張り番で、まだ学校にいます・・・。
  


Posted by bkkcolors at 02:50Comments(0)[水曜日] 長谷川

2012年07月22日

Asiantique

今日は土曜日なので、中根さんの番なのですが、書きかけの記事を早くUPしてもらうためにも、今日あえて割り込む形で更新してます。中根さんの性格的に、ここで黙っていられず、思わず更新してしまうんじゃないかともくろんでます。

さっき、最近話題のAsiantiqueにいってきました。
個人的には何も欲しいものはないのでどれだけ店が並んでても興味をそそられることはないんですが、お客さんが日本から来たら、連れていけそうなところでした。

あれ 写真を貼ろうと思ったら、ipadでは操作でなきないのかも。。

では、次回はいよいよ中根さんの登場です!
お楽しみに!  


Posted by bkkcolors at 03:09Comments(0)[水曜日] 長谷川

2012年07月06日

カラーズ復活か!?

カラーズのブログ、いよいよ復活しそうな気配がします!
他のメンバーが途中まで書きかけてる原稿もあるんです。きっとこれからドカンドカン更新していくと思います!

とはいえ、ぼくはここまで書いて、何を書くのか頭の中には何もありません。

唯一あるとしたら、、、
先日、ナムジャイブロガーの著名な方々だけが呼ばれてお食事会があったそうなんです。ぼくは、更新チェックしてるこちらの方のブログで知ったのですが、これを見たとき、これに呼ばれるようになりたい!!と思ったのです。というか、全然更新してないんだから呼ばれなくて当然なんですが、呼ばれなかったことが悲しかったんです、ううぅぅぅ。

次回は呼ばれるようになってやる!!そして、沖縄料理の試食会に招かれるようになるんだ!
というのが、ぼくの復活の動機です。

カラーズは、それぞれ皆、熱い人たちばかりなんです。黙らせておくにはもったいないんです。(みなさん、それぞれ他の媒体でご活躍ですが・・。)

というわけで、またよろしくお願いします〜。
  


Posted by bkkcolors at 01:23Comments(1)[水曜日] 長谷川

2011年12月08日

日本留学&就職フェア 2012

長谷川です。

いよいよ告知できる時期となりましたので、発表いたします。

2012年3月10日(土)11日(日)、クイーン・シリキット・コンベンション・センターで、『日本留学&就職フェア』を開催いたします。

今回は、弊社単独のただのイベントではなく、在タイ日本大使館、バンコク日本商工会議所、日本学生支援機構(JASSO)、国際交流基金、そして弊社の、5団体の共催で開催する、文字通りALL JAPANでの大イベントです。

追々またお知らせいたします!


  


Posted by bkkcolors at 23:29Comments(1)[水曜日] 長谷川

2011年12月06日

年末です!節税は??

あなたの税金 減らします!!! それが私の仕事です!!!!


◇◇ タイでの 生命保険・年金保険を使った、個人・法人の節税について ◇◇


みなさま、そろそろ今年の終わりも見えてきました今日この頃、いかがお過ごしでいらっしゃいますか?

(私はまだ避難先にいますが、家の中の水は引いたとのことで、近々戻れそうです♪)

毎年、年末には税金控除のための積み立てのお申し込みが殺到し、12月というのは保険業界にとっては嬉しくも忙しい月です。


税金控除のお話をさせていただきますと、みなさま必ず「私も申請できるのですか?」とおっしゃいます。もちろんです!

タイ人でも日本人でも、タイ国内で収入を得、そして所得税を支払っている方は、生命保険を初めとする控除が適用でき、確定申告で申請することにより、税金が戻ってきますダブルびっくり


個人所得税の節税
1 生命保険の控除

年間保険料10万バーツまで控除されます。
日本人の方で一般的な、30%の税率の方ですと、毎年3万バーツ

20%の方でも2万バーツ、37%の方でしたら、3.7万バーツもの節税となりますダブルびっくり


これは税金の還付金としてはかなり大きな額ですよねよろ

浮いたお金で、ちょっとした旅行なんか、できてしまいますやし

ただ対象となる保険商品はタイ国内保険会社が販売するものに限られ、契約期間は10年以上のものとなります。また配当が毎年の保険料の20%を越えないという規定もありますが、弊社で扱っているプランは95%以上が対象であり、対象とならない場合には事前にお客様へご説明し、ご納得いただいた上でご購入いただいています。

貯蓄プランを節税目的で購入する場合、通常弊社の貯蓄プランが利回りが4.5%~5% これに所得税控除の戻りも考慮しますと7~8%台となるケースもあります!!

他の運用商品と違い、元本も利回りも100%保証されているなかでのこの利回りですから、これは大きいです!!!


ちなみに、タイの保険に関わる受取金(保険金、満期受け取り金、配当、途中返戻金など)はすべて非課税!!


こんなに大きく節税できて、受け取る際には税金がかかりません!!!!


これも、私が声を大にして言いたい、タイの保険&税制の大きなメリットの一つです!!!


2 年金控除

上記の1に付け加えて、昨年末より年金控除も導入されました!!

年金控除としては、なんと年間保険料 最高で20万バーツまで控除することが可能ですダブルびっくり


(実際に年金控除として控除されるのは、課税所得の15%までの額。LTFとの兼ね合いなどもありますが、詳しくはお問い合わせください!)

対象となる年金プランには様々な規定がありますが、ここでは詳細は省略させていただきます。

現在取り扱いのあるプランですと、60歳までの積み立てで、60~85歳まで年金が受給できるというプランです。

受け取り総額は積み立て総額の約2倍以上!

年金として受け取らず、60歳やある程度の時期で解約してしまっても、大きな額受け取れますので、年金は欲しくないという方でも、節税だけみても メリットが大きいです黒音符


ただ、タイの年金は日本の年金と比べて、

1 積立額が確定している

2 受け取り額が確定している

3 受け取り時期が確定している (60歳から必ずもらえる!)

4 日本より高い利回りで、多く受け取れる



という点で、タイの年金はプランだけを見ても、本当は大変おすすめです!!


これに、大きな控除、大きく節税できるダブルびっくり

となれば、これを利用しない手はないですよねーーー


確定申告の方法は?


「タイで確定申告なんて大変そう・・・」

という方。 そんなこと、全然ありませーん!

手続方法は・・・?
翌年年明けに弊社より発行される控除用の申請書類を会社の総務・経理の担当の方へお渡しいただくだけ。
それで終わりです。

確定申告は3月までにされ、税金の戻りはソンクラーン前後には受け取れます!!

生命保険の控除がなくても他の綱目の申請を通常しているはずですから、そこへ追加されるだけなので、経理の方も大して仕事が増えるわけでもありません。

また生保控除を申請しはじめて、他の部分も見直してみると、必ずと言っていいほど、一つ二つの項目が申請漏れていたりします。任意の申請項目が出てくることにより、経理担当も再度見直したりするので、今まできちんと申請されていたか確認する良い機会にもなります。
(中には本来なら毎年1万バーツぐらい戻りがあったはずが、今まで10年近く申請し忘れていたというケースもありました)

既にどちらかの保険を購入されている方でも構いません。もしご自身の申請内容が気になる方は御社の経理担当にご確認い
ただくか、私までお問い合わせください。

節税のお手伝い、させていただきます!!

既に保険会社よりプランを入手されていてご検討中の方、どうぞお早めにお申し込みください。

弊社だけではないと思いますが、実際の支払いは年末まででしたら、今年の税金控除とできますので、例えば年末のボーナスを積み立てにあてたい、などという場合もお早めにお申し込みだけはされますことをお勧めいたします!

気にはなっているけれど、まだ何もアクションを取られていない方。プランだけでも取り寄せてみてください!!

ご自身の年齢、ご予算でどのくらい「ふえる」のか。どうぞ見てみてください。見積もりを取り寄せるのはいくらでも無料ですから、「話のタネ」にでも、ご自身の「知識」としてでも、どうぞ取り寄せてみてください。
(あまりに大きく「ふえる」ので、ビックリされるはずです!!)



法人税の節税


タイで会社を経営されていらっしゃる方、役員やマネージャーなど重要職についていらっしゃる方は、こういった積み立て保険が経費として計上することができますダブルびっくり

日本では、純粋な死亡保障などでないと経費としては扱えませんが、タイだと なんと

積み立て も、 年金 も、 貯蓄 も、何でも使えてしまうんです!!icon05


「福利厚生費」として扱うことができます。


それも、保険料は 一般的には、その方の年収程度まで可能ダブルびっくり


つまり、例えば所得として100万バーツ出していれば、同じく100万バーツ程度までの保険が経費として計上できるのです!!!

事業主の方、役職についていらっしゃる方

これを使わない手はありませんよダブルびっくりダブルびっくりダブルびっくり

大きな大きな法人税の節税になります。

また保険の名義はあくまでも個人ですので、満期の受け取りも個人となります。


タイのこういった制度をうまく利用して、節税しましょう!


お問い合わせはお気軽に。

佐々木 扶美(ささき ふみ)
Tel 081-8242117
e-mail thai-ins@live.jp



PS 前回の学校の写真、不具合がありました。遅くなりましたが、修正加筆いたしましたので、お時間のある方、改めてご覧くださいませ♪  


Posted by bkkcolors at 21:04Comments(0)[月曜日] 佐々木

2011年11月29日

タイのいなかの学校~♪

先週から、娘が避難先の村の学校に通うことになりました。
通い始めて1週間ちょっと。



とっても素敵な学校に通っています黒音符







毎日楽しくて楽しくてしかたないようです♪


当初、田舎の公立の学校だと、衛生面や教育面でを考えれば、わざわざ行かせる必要はないと、申し訳ないですが、そう思って、こちらの学校に行かせることなんて、これ~っぽちも考えていなかったのですが・・・




長期滞在している宿の子が小学校1年生の女の子。
遠慮深く、でも楽しい素敵な女の子。
この子とお友達になってから、平日は学校に行ってしまう彼女が帰るのを心待ちにする娘。


その子の家族から、「一緒に学校にいけば?」と誘われて、娘もその気に。

5歳の娘は自分の学校では年中さん(オー2)なので、そこか、一つ上の学年にでも入るのかなと思っていたら・・・

なんと、お友達のキムちゃんと一緒になんと小1のクラスへ!!!

そこまでの昇級は考えていなかったお母さん。 びっくりダッシュ

とはいえ、よくよく見てみると、小1と小2が同じクラスでお勉強ノート

そして娘はそこに混ぜていただいて、小1の話を聞いてみたり、簡単な問題を特別に出していただいたり、ということのようでした。




お寺付属の学校(ロンリエン・ワット)とはいえ、校庭は緑の芝生がまぶしく、とっても広くて気持ちいい!







そしてチャンネル7からの寄付で、遊具や図書室が充実していて素晴らしいです♪








なんとコンピュータールームまで!






子供たちも と~ってものびのび遊んでいて、見ているこっちも気持ちいいダブルびっくり


朝 学校のロットトゥーにキムちゃんと一緒に乗り、






のどかな田舎道をガタゴト。





学校についたら、まずはお掃除の時間。


まじめに掃除しているお兄ちゃん達。







一日お姉さんの机(小学生の机)に座り、

そして終わったら、お菓子や唐揚げなどを買い食いして、

みんなで学校の車で帰ってくる。


娘的には、学校の車でみんなで一緒に登下校するところと、勝手に買い食いできるところが、超お気に入り☆

ま~ そうでしょうねーー

今日も真っ黒になりながら、帰ってくることでしょう。

こんなことでもなければ、自然いっぱいの素敵な学校で学ぶこともないのだから、貴重な経験ですね♪


あと2週間は居れることでしょう。
(水はまだまだ引く気配なし・・・ 1ヶ月以上経つのに)


毎日、どうぞエンジョイしてくださいね~☆  


Posted by bkkcolors at 18:23Comments(0)[月曜日] 佐々木